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最高裁判所第一小法廷 昭和45年(オ)731号 判決

上告人

鄭元培

代理人

塩見米蔵

被上告人

呉金生

主文

原判決を破棄し、本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人塩見米蔵の上告理由について。

原審の確定するところによれば、第一審被告韓と訴外大和信用組合との間に締結された本件物件に対する代物弁済予約は、右韓が右信用組合から借り受けた七〇〇万円の債務を担保するために締結されたものであつて、債務者が弁済期に債務の弁済をしないときは、債権者において、目的不動産を換価処分し、これによつて得た金員から債権の優先弁済を受け、残額があればこれを債務者に返還する趣旨の債権担保契約であり、上告人は、右代物弁済予約に基づく右信用組合の所有権移転請求権保全の仮登記経由後、本件物件について右韓に対する貸金債権のため、第一審判決別紙一覧表三記載のとおり代物弁済予約ならびに停止条件付賃貸借契約を締結したというのである。

ところで、被上告人は、本訴において、右信用組合から右債権および代物弁済予約上の地位を譲り受け、韓に対して、債務の不履行を理由に代物弁済予約完結の意思表示をしたと主張し、同人に対して仮登記に基づく本登記手続を求めるとともに、上告人に対して右本登記につき承諾を求めているのに対し、上告人は、前記のような債権担保契約において、同人のような後順位権利者に対して本登記の承諾を求めるにあたっては、債権者たる被上告人は、目的不動産の評価額と自己の債権額との差額のうち、上告人の債権額にみつるまでの金員を上告人に支払うことを要し、上告人はその支払を受けるまで本登記承諾義務の履行を拒絶する旨主張して争つているものであるところ、原判決は、上告人の右抗弁に対し、この場合においても、目的不動産に対する後順位抵当権者が右残額のうち自己の被担保債権に相当する金員の支払を直接債権者に請求しうるものとは即断できないのみならず、そもそも右の如き残額を生ずるか否か、およびその額は、代物弁済に基づく目的物件の換価処分がなされた後にはじめて確定するものであつて、右の換価処分のためには、まず、本件物件について所有権移転登記のなされることが先決であるから、右の残額の支払義務と上告人の本登記の承諾義務とが同時履行の関係に立つという上告人の抗弁は、それ自体理由がないとして、これを排斥し、被上告人の前記請求を認容しているのである。

しかしながら、前記原判示の如き債権担保契約としての性格をもつ代物弁済の予約において、予約権者が登記上利害関係を有する第三者に対して本登記の承諾を求める場合には、その者らが目的不動産に対する後順位抵当権者その他債務者から右物件の交換価値よりその有する債権について優先弁済を受ける地位を取得したもの(以下これを後順位債権者という。)であるときは、予約権者は、それらの利害関係人の地位に応じて、それとの間に清算をなすべき義務を負うものであり、清算金は、それらの者の債権額および優先順位に応じて、それらの者にその一部または全部が交付されるべきであつて、このような登記上の利害関係人は、右本登記手続についての承諾請求に対しては、みずから清算金の支払を受けるべき地位を有し、その支払と引換えにのみ承諾義務の履行をすべき旨を主張しうるものと解すべきであつて、このことは既に当裁判所の判例とするところである(昭和四四年(オ)第一七五号、同四五年八月二〇日第一小法廷判決参照)。しかして、原審の前記認定事実によれば、本件において、上告人は前記の後順位債権者に該当するものとみられるから、被上告人としては、本件物件に関する後順位債権者のうち、上告人より先順位の債権者があれば、それに対して清算金を順次支払つたうえ、なおその残額があれば、そのうち上告人の債権額に相当する金員を同人に直接支払うべく、上告人はその支払を受けるのと引換えにのみ本件本登記承諾義務の履行をすべきことを主張しうべきものといわなければならない。したがって、これと異なる見解のもとに、上告人の右抗弁を排斥した原判決は、右債権担保契約の清算に関する法令の解釈適用を誤つたものというべきであり、この違法は原判決の結論に影響することが明らかであるから、論旨はこの点において理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件はさらに右の点について審理する必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条を適用して裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(岩田誠 入江俊郎 長部謹吾 大隅健一郎 藤林益三)

上告代理人の上告理由

原判決は法の解釈適用を誤つた違法ある判決と思料する。

一、原判決は訴外大和信用組合(以下訴外組合という)は昭和三八年一〇月一四日韓寅錫に対し金七〇〇万円を弁済期昭和三九年一月一一日利息年一割五分と定めて貸付け同人において弁済期に支払いをしないときは訴外組合の予約完結の意思表示により支払に代えて同人所有の本件物件即ち別紙目録記載の物件の所有権を移転する旨の代物弁済の予約をなし大阪法務局江戸堀出張所昭和三八年一〇月一七日受付第三〇四四八号をもつて右予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を経由し而して訴外組合は昭和四〇年二月二七日同組合の有する右貸金債権を被上告人に譲渡し同日債務者たる韓寅錫にその旨通知し尚訴外組合は右同日被上告人に対し代物弁済の予約による所有権移転請求権を譲渡し大阪法務局江戸堀出張所昭和四〇年三月一日受付第五六四二号を以つてその旨付記登記をなした、

然るところ韓寅錫において弁済期が到来しても債務の履行をしないので被上告人は昭和四〇年三月二三日韓寅錫に対し予約完結の意思表示をなしたので右同日をもつて本件物件は被上告人の所有に帰した。

他方上告人は本件物件につき(イ)昭和四〇年一月六日受付第一〇七号所有権移転請求権保全仮登記(ロ)同日受付第一〇六号根抵当権設定登記(ハ)右同日受付第一〇八号停止条件付賃借権設定仮登記を有する。

旨を確定し而して被上告人の有する代物弁済予約の契約は債務者が弁済期に債務の弁済をしないときは債権者において目的不動産を換価処分してこれによつて得た金員から債権の優先弁済を受け残額があればこれを債務者に返還する趣旨であると解するのが契約の本旨であると認定した。

二、原判決は以上の如く認定した上代物弁済に基く目的物件の換価処分がなされるためにはまず本件物件につき所有権移転登記のなされることが先決であるとして上告人の清算残額の支払義務との同時履行の抗弁を排斥した。

元来上告上が同時履行の抗弁を主張した所以のものは要するに被上告人の上告人に対する本登記をなすにつき承諾を求める権利を否定するにあるが本件の如く所謂清算型代物弁済の予約にありて代物弁済により目的物件が予約権利者に帰属するものとし換価代金の額か被担保債権額を超える場合に予約権利者たる債権者はこれを担保提供者たる債務者に返還すべき清算義務を負ふにすぎないとしても一度所有権移転の本登記がなされ後順位の権利者の登記が抹消せらるれば債権者は自己に最も有利な方法にて専恣に物件を処分し債務者その他後順位の権利者は全く顧みられない状態となることは常識とある従つて代物弁済の予約のうち清算型の予約を認めた以上債権者の専恣を押え清算の実をあげしめるよう配慮すべきである。

裁判例によれば後順位抵当権者が競売の申立をなし換価清算のための手続が開始されているときはその手続により債権者は優先弁済を受けうるのであるから右換価手続の実行を妨げこれと相容れない代物弁済による所有権取得の主張はできないものとなすものがある。

右裁判例は要するに斯の如き競売手続中は予約に基く本登記を請求し得ないとするものと考へるがこの理を一歩進め清算型の代物弁済にありては清算の方法は常に抵当権実行即ち競売の方法によるべく従つて予約に基く本登記を請求する権利(後順位登記権利者に対しては本登記をなすにつき承諾を求める権利)を有しないものとなすべきである。

原判決はこの点につき法の解釈適用を誤つた違法の判決なりと思料する。

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